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散りゆく桜

「桜ひらひら舞い降りて、春のその向こうへ歩き出す。」とは、いきものがかりの「SAKURA」の歌詞にある言葉ですが、何故か私にはこの歌のなかに先の大戦で散華された特攻隊員の姿を浮かび上がらせてしまいます。
時代を超えて後世に生きる私たちのために尊い命を捧げた先輩方の志を、桜が咲くこの季節に振り返えるのも
日本人として必要なことかもしれません。これは中央大学出身の溝口幸次郎少尉(昭和20年6月22日ゼロ戦にて鹿屋から沖縄周辺の米軍に向けて体当たり攻撃を敢行して戦死。)の遺書です。「美しい祖国はおほらかな益良夫を生み おほらかな益良夫は、けだかい魂を祖国に残して新しい世界へと飛翔し去る。ー中略ー生まれ出でて死ぬ迄我等は己の一秒一刻に依って創られる人生の彫刻を悲喜善悪のしゅらそうを刻みつつあるのです。」命を捨てた英霊たちの後世に託した夢は今日の日本の中にどれほど実っているでしょうか。。。
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」した聖典「日本国憲法」を笑いながら横田めぐみさんをはじめとする数百人の(政府の公認は17人)日本人を拉致した北朝鮮に領土、主権、人権を犯され、この直接的侵略行為を当時「保守反動勢力の捏造だ」と弁護していた社会党と進歩的知識人たちの狂気の発言を精査し、彼らを二度と議会に登壇させないことがせめてもの償いとなるかもしれません。いやいやもっと大事なことがありました。かの詫び証文、聖典の「9条と前文」を根本的に改正することです。尖閣諸島を侵略する国家が出現しても冷静に自衛権を発動し、これを排除することが容易になるためにも。

「常識」を標榜する藤村修官房長官の非常識ー台湾への非礼を恥じる

東日本大震災から1年。まずは約2万人の犠牲者の冥福を心より祈りたいものです。11日に開催された震災の1周年追悼式典で、約160ヶ国の代表と国際機関(パレスチナ、OECD等)の代表を日本政府が会場1階の来賓席に招待しました。然し乍ら、200億円を超える世界最大の義援金(因みに中国7300万円、韓国6億円)を贈与して貰った台湾は経済団体や企業関係者が参列する2階に招かれました。。。更に、指名献花から台湾のみが除名され、一般参加者として献花せざるを得ませんでした。。。誠に驚愕すべき事件です。これを非難すべく自民党の世耕議員が12日の参議院予算委員会で質問し、明らかになった訳でありますが日本人として怒りを禁じ得ません。藤村官房長官はこの非礼極まりない台湾代表に対する処遇に就き、「申し訳ないと思うが、指名献花から除外したのは、72年の共同声明に従ったもので、経済団体に準じた処遇をした事務方(外務省、内閣府)の判断」と弁明しました。この思考は藤村氏のホームページで謳う「常識と普通の市民感覚を忘れない!」との整合性の観点から甚だ理解に苦しみます。この常識が著しく欠落した政治家に成り代わり、温かい台湾の皆様に深くお詫び申し上げたいものです。そして2度とこのような非礼を公式行事にて挙行しないことを強く民主党に要望します。

建国記念日の回想

昨日、最高裁の国旗国歌訴訟で都の教職員375人が入学式や卒業式で国旗に向かっての起立や国歌斉唱をする義務が
無いことの確認を求めた判決に最終判断が下されました。教職員側の上告を棄却すると。。敗訴です。
いやはや日本人の帰属意識の確認作業に税金と時間を費やさねばならないとは嘆かわしいものです。
そういえば今から32年ほど前、母校の西南学院高校で建国記念日にやたらと「元号法案反対運動」なるものの
空疎な意義を力説する英語の先生がいました。その中で彼は自慢げに国歌を斉唱しない自分を知的階級の象徴のようなお話をされていました。どうやら皇室を象徴とする柔らかい日本文化を無理やり軍国主義と混同される哀れな思考の持ち主でした。彼らが当時、賞讃してやまなかった中国や北朝鮮の今日はどうでしょうか?言論の自由がなく、社会的弱者(少数民族、障害者、老人)が物乞いとして都市に溢れ、国土は荒廃し、独裁者や共産党のみが
肥え太り、銃口で国内の反体制派を黙らせる恐怖政治が持続されているのが実態でしょう。私は以前の仕事で中国に2年弱駐在しましたがヒューマニズムは目的ではなく独裁政治を支える手段に過ぎないことを肌で感じました。
我々日本人は相互扶助、義理人情を基礎とする日本型ヒューマニズムを持っています。今回の震災でそれが見事に
発揮されました。民間人も自衛隊も警察官も消防団員も皆、同じ「日本」に住む国民が苦難に直面したがゆえに
必死の救助活動に邁進したのです。その母国日本の国旗、国歌に疑問を呈するならばその人々は如何なる動機にて
現地に赴くのでしょうか?「地球市民」ですか?ならば如何なる感性が醸成されて「日本語」を駆使されるのでしょうか?過剰な自己肯定も自己否定も実益のない思考として尊敬されないのは世の常でしょう。

あけまして一句

「斬氷剣 わいたの峰を 三分刈り」「湯気透くる 落陽拝す 幸あれと」
今年は台湾、ロシア、アメリカの総統、大統領選挙の年です。変化があるかもしれません。
ただ、崇高な価値に酔いしれ無責任な立法政策を謳う政党だけはどの国民からも敬遠される
ことでしょう。日本は如何でしょうか?

台湾NHKのど自慢に思うこと。そして秋雨に一句。

10月29日夜7:30から放送された台湾に於けるのど自慢を観ました。台湾の皆さまが、今回の東日本大震災
に際して200億円を超える世界最高の義援金を集めて頂いた暖かい気持ちを歌声によって改めて深く感じることができました。商業ベースの「流行」や空疎な国家的「友好」を背景としない親善交流は台湾国民と日本国民の間で
永く深く行えるものだという認識を新たにしました。できれば台湾のテレビ番組も韓国の番組同様に頻繁に国営放送で鑑賞したいものです。台湾の人々の満面の笑顔は本当に印象的でした。元気を貰ったようで嬉しく思いました。
さて、土曜日は雨でした。暇にまかせて空を見上げていると少し感傷に浸り、素人即席歌壇に投稿したくなりました。自己満足の範疇で悪しからず。。「はらり散る 枯葉にぽつり 赤鬼の涙」正直に云いますと、のど自慢で
台湾の方が、「千の風になって」を歌っているのを観て止めどなく涙が溢れてしまいました。。。
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